今回のテーマは「グループ会社から出向した役員は、経営業務管理責任者(経管)になれるのか?」という、規模の大きい会社からよくある質問です。「グループ内の人材を経管にしたい」「親会社の意向に沿って、建設業許可を取得したい」「建設業専門の子会社を設立するにあたって、親会社の人材を登用したい」と考える経営者も多いことでしょう。
通常は、自社の人材を経管にして建設業許可を取得するのが、一般的です。しかし、出向役員を経営業務管理責任者にして建設業許可を取得することができれば、「グループ会社・親子会社の強み」を生かすことができます。そのための制度上の要件や、審査のポイントは非常に気になるところです。
今回は、建設業許可取得の専門家であり、行政書士法人スマートサイド代表・横内賢郎先生にインタビューを実施。実際にこのようなケースで申請をした経験をもとに、出向役員を経管とする際の要件、必要書類などについて詳しく伺いました。
出向者を経営業務管理責任者にできるか?
本日のテーマは、「出向者を経営業務管理責任者にできるか?」という点です。それでは、横内先生、今回もよろしくお願いします。
はい。よろしくお願いします。今回も「経営業務管理責任者」に関するテーマですね。
まずは、私の肌感覚で申し上げると、経営業務管理責任者に関する相談というのは、増えているように思います。原因としては、「取締役登記されていない執行役員を経営業務管理責任者にして建設業許可を取得できていること」もあると思います。執行役員については、別のインタビューでお話しをさせて頂いておりますので、もし興味がある人は、そちらのインタビュー記事(※注)をお読みください。
(注)【専門家に聞く】執行役員でも建設業許可は取れる?最新ルールと必要書類を実例で解説
もう1つの原因は、今回の「出向者を経管にできるか?」という点に関連していると思います。昔と比べると、企業の再編や統合は、比較的、やりやすくなってきた感があります。また、少子高齢化の影響で、どこの会社も人材不足で困っています。建設業許可を取得するための経営業務管理責任者の要件に該当する人が不足しているのも事実です。
そんな中、大手の企業は、グループ会社からの出向や親会社からの派遣を受けて、経営業務管理責任者の要件を充足し、建設業許可を取得しようと考えているのでしょう。
また、弊所にご相談頂くお客さまは、建設会社ばかりではありません。「デザインや設計業務をメインとしている会社」や「イベント関連の運営をしている会社」や「設備の製造販売を行っている会社」が、建設業許可を取得する場合もあります。これらの会社は、建設業界に詳しいわけではないため、より一層、建設業許可の取得に苦労します。そういった中で、親会社・グループ会社からの出向を受け入れて、建設業許可を取得することができるのであれば、出向役員制度を利用しない手は、無いのでしょう。
それでは、建設業界に詳しくない人たちにも分かるように、まずは、経営業務管理責任者について教えて頂けますでしょうか?
はい。
まず、建設業許可を取得する際には、「経営業務管理責任者」の要件を満たす人が、社内に常勤していなければなりません。経営業務管理責任者とは、「営業取引上対外的に責任を有する地位にあって、建設業の経営業務について総合的に管理した経験を有する人」のことを言いますが、この表現は少し難しいので、「会社における建設業部門の最高責任者」というふうに理解してください。
なぜ、建設業許可を取得するために「経営業務管理責任者」が必要かというと、
- 建設業は、複数の下請業者からなる「多重階層型」の業界であること
- 工事が長い年月をかけて行われる傾向にあること
- 欠陥品や施工不良があってはならないこと
など、他の業界とは異なる建設業界の特殊な事情によって、「きちんとした建設業の経営経験があるひとが、会社に常勤していること」を建設業許可の要件にしているのです。
出向役員が経営業務管理責任者になる際の問題点
ありがとうございます。「出向役員が経営業務管理責任者になることができるか否か?」という点は、具体的に、なにが問題になっているのですか?
はい。
そのまえに、経営業務管理責任者に該当するための3つの条件をお話しします。経営業務管理責任者になるには
- (ア)申請会社の常勤の取締役であること
- (イ)取締役(または個人事業主)として5年の経験があること
- (ウ)その5年間、建設業をおこなっていたこと
の3つの条件を満たすことが必要です。通常、建設業許可を取得する場合、(ア)(イ)(ウ)のすべてが重要です。ただ、出向役員を経営業務管理責任者にする場合、とりわけ(ア)の「申請会社の常勤の取締役といえるか?」という点において、特に注意が必要なのです。
「申請会社の常勤の取締役と言えるかどうか」という点ですか?
はい。
経営業務管理責任者は、許可を取得したい会社、いわゆる申請会社の「常勤」の取締役でなければなりません。なぜ「常勤」でなければならないかというと、経営業務管理責任者は「会社における建設業部門の最高責任者」というポジションで、社内的に建設業部門を統括し、対外的に責任を負う人のことを言います。そういった役職の人は、当然、会社に常勤していなければなりません。会社に常勤せずして、「建設業部門を統括し、対外的に責任を負う」ことはできないというのが、法の建前になっているのです。
「会社に常勤していない人を、常勤しているかの如く装って、経営業務管理責任者にして建設業許可を取得すること」は「名義貸し」にあたり、許されない行為です。そのため、名義貸しなどの脱法行為に利用されることがないように、親会社やグループ会社から出向している役員が、ほんとうに「出向先に常勤しているのか?」とチェックするために、審査が厳しくなっているのです。
あまりにも簡単に「出向者」を「経営業務管理責任者」として認めてしまうと、常勤性を免れるための名義貸しに利用されかねない危険性があるということですね。
はい。
もちろん、ほとんどの会社が、コンプライアンスを意識して、法令に則って、申請書を作成し、建設業許可を取得しています。しかし、建設業許可を取得したいあまり、実際は、常勤していない取締役を常勤しているかのごとく装って、建設業許可を取得するような会社が、いないとも言い切れません。特に、親会社やグループ会社からの出向取締役が、実際に、出向先の会社に常勤しているか否かというのは、外部の目線では判断しにくいところがあります。
そういった見地から、通常の方法で建設業許可を取得するよりも、出向役員を経営業務管理責任者にして建設業許可を取得する方が、より厳しい審査をクリアしなければならないのです。
出向者を経営業務管理責任者にするために必要な書類の具体例
なるほど。そうすると、出向役員を経管にする場合、通常の場合では求められることがない、特殊な書類の提出を求められるとか、そういったことがあるのですか?
はい。書類審査の点で、通常とは違う書類の提出を求められることになります。
通常の場合、申請会社に常勤していることの書類として
- 健康保険証
- 健康保険、厚生年金保険被保険者に関する標準報酬決定通知書
- 住民税特別徴収税額通知書(徴収義務者用)
- 厚生年金被保険者記録照会回答票
などを提出することが一般的です。なぜ、これらの資料を「申請会社に常勤していること」の証明資料として提出するかというと、通常の場合には、いまいった書類に申請会社の会社名が記載されているため、その会社に常勤していることがひと目で分かるからです。
たとえば、建設業許可を取得したい会社を「X社」、経営業務管理責任者になろうとする人を「Aさん」、と仮定します。Aさんの健康保険証に、X社の社名が表記されていることがあります。マイナ保険証には会社名まで記載されていませんが、もし、健康保険証にX社という社名が入っていれば、Aさんは、X社に常勤しているということができます。
その他の書類も同様に、「標準報酬決定通知書」「住民税特別徴収税額通知書」「厚生年金記録照会回答票」にX社の名前が記載されていればAさんがX社に常勤していることがわかるのです。
それでは、AさんがY社からの出向取締役だった場合は、どうでしょう。出向は、出向元のY社と出向先のX社との「会社間の取り決め」で行われます。そのため、Aさんの健康保険証には、X社ではなくY社の社名が記載されれいることでしょう。また、「標準報酬決定通知書」「住民税特別徴収税額通知書」「厚生年金記録照会回答票」にもX社の名前ではなくY社の名前が記載されていると思います。
こういった場合、どんなに、「健康保険証」や「標準報酬決定通知書」を提示してみたところで、AさんがX社に常勤している証明資料にはならないですね。
たしかに、「出向元に在籍しつつ、出向先に出向する」という場合、公的な書類には、すべて出向元の会社名が表記されているはずですので、先ほど、お聞きした書類だけでは、出向先に常勤していることを証明することができないですね!
その通り。
経営業務管理責任者の要件は、建設業許可を取得するための、とても重要な要件です。そして、「申請会社に常勤していること」という(ア)の条件は、経営業務管理責任者の要件を満たすうえで、欠かすことのできない条件です。出向の場合は、通常の場合と異なり、公的書類からは、出向先への常勤性を証明できない点に、難があるのです。
そのため、出向役員を経営業務管理責任者にして、建設業許可を取得する場合には
- 出向協定
- 出向契約書
- 出向辞令
といった出向に関する書類の提示を別途、求められるのが一般的です。
先ほどの例で言うと、「出向元のY社と出向先のX社との、会社間における出向協定」「出向元のY社、出向先のX社、出向役員であるAさんの3者間で交わされた出向契約書」「出向元のY社から出向役員であるAさんに発令された出向辞令」などの書類が必要になります。これらの書類を併せて提出することによって、はじめて、AさんがX社に常勤していることの認定を受けることができ、Aさんは、X社の経営業務管理責任者になることができるのです。
出向者を経営業務管理責任者にすることができた事例
なるほど、そういったロジックだったのですね。よくわかりました。ところで、横内先生の事務所では実際に、出向取締役を経営業務管理責任者にして、建設業許可を取得したことがありますか?
はい、もちろんあります。
守秘義務の観点から会社名を言うことはできませんが、とある上場企業のグループ会社が建設業許可を取得する際に、親会社からの出向役員を経営業務管理責任者にして建設業許可を取得したことがあります。上場している会社だけあって、出向を含めた人材交流が盛んにおこなわれているという印象を受けました。この会社は、おもにイベントを主催・運営している会社でしたが、「出向役員を経管にする」という方法を活用することによって、今後、こういった会社が建設業許可をどんどん取得するようになると思います。
また、経営業務管理責任者の交替に伴い、「親会社からの出向役員」を「後任の経営業務管理責任者」として変更届を提出したこともあります。この会社は、テレビCMなどで広く知られている有名企業の子会社です。このケースでは、経営業務管理責任者を交替する際に、子会社の役員から後任の経管を選ぶのでなく、親会社から出向役員を受け入れるという形で、出向者を後任経管として届出ました。
このように、出向役員を経管にするケースと言うのは、比較的規模の大きい会社が多いように思います。そのため、「出向協定」「出向契約書」「出向辞令」などの書類が、きちんと整理されていることが多いのも特徴のように思います。
念のため補足しておくと、このインタビューでは経営業務管理責任者の(ア)の条件、つまり「申請会社の常勤の取締役であること」という点に絞ってお話ししていますが、当然のことながら(イ)(ウ)の条件も満たしたうえで、経営業務管理責任者になることが認められているという点については、お間違いのないように気を付けてください。
そもそも、親会社からの出向役員を受け入れたところで、その出向役員が(イ)や(ウ)の条件を満たしていなければ、経営業務管理責任者の要件を満たさないどころか、建設業許可を取得することはできませんので、ご注意ください。
ありがとうございます。出向役員を経管にして建設業許可を取得するイメージが湧いてきました。そろそろ、お時間になりましたので、最後に横内先生から、ひとことお願いします。
はい。
出向役員を経営業務管理責任者にして、建設業許可を取得する会社は、今後、ますます増えていくと思います。私が行政書士登録をしたころには、あまり見かけませんでしたが、今では、出向に限らず「グループ企業内の人材交流・企業再編・企業統合・会社運営の効率化」など、さまざまな観点から、親子会社・グループ会社間での競争力の強化が求められる時代になりました。
また、冒頭にもお話ししましたが、近年の特徴として「建設会社ではない会社」が建設業許可を取得する傾向が強まりつつあります。デザイン・設計・イベント・設備製造・警備など、他分野から建設業許可取得を希望している会社が非常に多いです。そういった会社では、自社のみで経営業務管理責任者の要件を具備している人を確保することは、難しいでしょうから、出向者を経営業務管理責任者にして建設業許可を取得するという場面が増えてくるのではないかと思っています。
最後に、このインタビュー記事が、1日でも早く建設業許可を取得し、前に進もうとしている皆さまの「背中を押すきっかけ」となれば、これほど嬉しいことはありません。ありがとうございました。