「新たなエリアで営業を展開したい」「人員体制を強化するために営業所を増やしたい」──このような理由から、営業所の新設や移転を検討される建設会社は少なくありません。すでに建設業許可を取得している企業の場合、「営業所の追加」や「本店所在地の変更」にともなう『届出や許可内容の変更手続き』が必要になります。しかし、どのような場合に、どのような種類の手続きが必要かについては、意外と知られていません。正確な情報を把握していないと、知らず知らずのうちに「無許可営業」と判断されるリスクもゼロではありません。
特に注意が必要なのが、「専任技術者」や「令3条の使用人」など、営業所ごとに求められる人的要件です。今回は、行政書士法人スマートサイドの横内先生に、「建設業許可業者の営業所移転・新設」に関わった経験をもとに、必要な手続き、判断のポイント、そして見落としがちな注意点について、専門家の視点からわかりやすく解説して頂きます。
建設業許可会社の「営業所の移転・新設」
それでは横内先生。今回は、建設業許可業者の「営業所の新設・移転」について、お話しを聞かせてください。
はい。よろしくお願いいたします。今回は、すでに建設業許可を持っている会社を対象に「営業所の新設・移転」について、お話しをさせて頂きます。
あくまでも私の肌感覚ですが、インターネット上には「あらたに建設業許可を新規で取得する際のノウハウ」については、さまざまな情報が発信されていますが、「すでに建設業許可を持っている会社が、本店所在地や営業所を変更した場合の情報」については、きちんと整理されているものが、少ないように見受けられます。
本店の移転や営業所の移転・新設は、滅多にないことかもしれません。かといって、まったくないとは言い切れません。特に規模が大きい会社・全国展開している会社にとっては、営業所の移転・新設は、頻繁に起こりうることでもあると思います。今日は、そういった人向けに、情報を整理しながら、お話しをさせて頂ければと思います。
「本社・本店所在地」の移転に伴う届出/許可換え新規申請
よろしくお願いします。まずは、本店所在地の移転があった場合について、お話しいただけますでしょうか?
はい。本店所在地の移転ですね。
前提として、本店所在地の移転があった場合、登記簿謄本の変更が必要になります。登記簿謄本の変更自体は、司法書士の先生の専属業務であるため、ここでは詳しく触れません。また、出来上がった登記簿謄本を元に、税務署や年金事務所などへの、変更届の提出も必要になるかと思います。みなさんの会社は、建設業許可を持っているのですから、許可行政庁への届出も必要です。
ここで問題になるのが、「同じ都道府県内に移転するのか?」それとも「他の都道府県に移転するのか?」という点です。
私の事務所が東京都にあるので、東京都知事許可を例にとって、説明させて頂きます。東京都の建設業許可を持っている東京都知事許可業者が、新宿区にある本店を渋谷区に移転する場合。この場合、同じ東京都内での移転になりますので、東京都庁建設業課に移転後、30日以内に、変更届を提出することになります。移転前も移転後も同じ東京都内なので、東京都知事許可に変わりありません。そのため、「本店所在地の変更届」を提出すれば足ります。
一方で、東京都の建設業許可を持っている東京都知事許可業者が、神奈川県の横浜市に本店を移転する場合は、どうでしょう?この場合、東京都から神奈川県に、県をまたいで移動することになるので、「本店所在地の変更届」ではなく「神奈川県庁に新規申請」を行うことになります。
「変更届」ではなく「新規申請」になるのですか?
はい。
この場合、本店を東京都から神奈川県に移しているので、東京都知事許可ではなく、神奈川県知事許可を取得しなければなりません。「東京都知事許可を神奈川県知事許可に変更する・引き継ぐ」のではなく、「神奈川県知事許可を新たに取得する」というイメージです。この場合の申請手続きのことを、「許可換え新規申請」と言ったりしますが、要は、「新規申請」と一緒ですので、東京都知事許可を取得した時のように、さまざまな書類を作成して、神奈川県庁に提出しに行くという流れになります。
許可換え新規申請を行うと、許可番号は変わります。神奈川県庁への新規申請後は、神奈川県から新しい建設業許可通知書が発行されることになります。
なるほど、本店所在地を変更する場合、「都内での移転か?」「他県への移転か?」によって、手続きの内容が全く変わってくるのですね。
はい。
「同じ都道府県内の移転であれば、変更届」「異なる都道府県への移転であれば、許可換え新規申請」というように覚えておいてください。
ここで注意点が1つあります。
建設業許可を維持する上において、「経営業務管理責任者」や「専任技術者」は、会社に常勤していることが必要です。仮に、東京都内から大阪府に本店を移転した場合、いままで東京都の本店に常勤していた「経管・専技」は、移転先である大阪府内の本店に常勤することが必要になります。東京都知事許可から大阪府知事許可に切り替わるわけですから、大阪府知事許可を取得するには、移転後の大阪府内の本店に「経管・専技」が、常勤していなければなりません。
もし仮に、「経管・専技」が移転先の大阪府内の本店に常勤できないと、建設業許可を維持することができなくなります。本店所在地を移転する際の移転先候補地の選定の際には、「経管・専技」の通勤距離や移動時間も加味して、検討して頂けるとよいのではないかと思います。
「営業所・支社・支店」の移転に伴う届出/許可換え新規申請
本店所在地の移転については、よく理解できました。それでは、本店以外の営業所や支社・支店については、どのように考えればよいのでしょうか?
はい。営業所や支社や支店についても、基本的には、「同一都道府県内に設置するのか?」「異なる都道府県内に設置するのか?」によって区別していきます。ここでも、東京都知事の許可業者であることを前提にお話しをしていきます。
例えば、東京都知事許可を持っている建設会社が、新宿本社の他に、品川支社を設置するような場合。この場合は、東京都庁の建設業課に「営業所新設の変更届」を提出することになります。他方、この会社が、新宿本社の他に、横浜支社を設置するような場合は、どうでしょうか?
この場合は、営業所が「東京都新宿区」と「神奈川県横浜市」の2つの都県にまたがって存在することになります。そうすると、東京都知事許可ではなく大臣許可になります。そのため、関東地方整備局に国土交通大臣許可への「許可換え新規申請」を行うことが必要になります。
大臣許可になるのですか?ちょっと、そのあたりの理由が、いまいちわかりません。
知事許可と大臣許可の違いです。
1つの都道府県内に営業所がある場合に必要な建設業許可は、知事許可です。2つの都道府県にまたがって営業所がある場合に必要な建設業許可は、国土交通大臣許可です。このように建設業許可は、営業所の所在地を基準に、「知事許可」と「大臣許可」に区分けされます。
先ほどの例で言うと、新宿本社の他に品川支社を設置する場合、営業所は2つに増えますが、同じ東京都内で増えるにすぎません。そのため、この場合は、東京都知事許可のままです。他方、新宿本社の他に、横浜支社を設置する場合、東京と神奈川にまたがって営業所が設置されることになります。この場合に必要な許可は、国土交通大臣許可です。そのため、東京都知事許可を国土交通大臣許可に切り替えるための「許可換え新規申請」が必要になります。
あくまでも、「新規申請」ですので、東京都知事許可時代の許可番号は、引き継がれることなく、申請後に国土交通省から新しい許可通知書が発行されることになります。
なるほど、同じ営業所の新設であるにも関わらず、「東京都庁に提出する営業所新設の変更届」と「関東地方整備局に提出する許可換え新規申請」とでは、手続きが全く異なってきますね。
はい。その通りです。
書類の種類、作成方法、難易度、提出先が、すべて異なってきます。ですので、「営業所をどこに設置するのか?」というのは、建設業許可を維持する上において、とても重要な判断になってくるのです。
そして、営業所の設置や移転の際に、さらに注意しなければならないのが、「令3条の使用人」「専任技術者」といった「営業所ごとに求められる人的要件」の存在です。
「令3条の使用人」「専任技術者」の配置の必要性
「専任技術者」「令3条の使用人」ですか?
「令3条の使用人」とは、建設業法施行令の第3条で規定されている使用人のことですが、簡単に言うと「営業所の代表者」いわゆる支店長や支社長のことを言います。
建設業許可業者が、新たに営業所を設置したり移転したりする場合、その営業所に「専任技術者」はもちろんのこと「令3条の使用人」が常勤していなければなりません。
ここでも、具体例を出して説明させて頂きますね。
たとえば、東京都知事許可を持っている会社が新宿本社の他に、横浜支社を設置する場合。横浜支社には、常勤の「専任技術者」と「令3条の使用人」を配置しなければなりません。新宿本社と横浜支社が近いからと言って、新宿本社に常勤している「専任技術者」を横浜支社の常勤の「専任技術者」もしくは常勤の「令3条の使用人」として重複して登録することはできません。
この会社が、さらに営業範囲を広げるべく仙台支社を設置しようと考えていたとします。その場合、仙台支社にも「常勤の専任技術者」「常勤の令3条の使用人」を配置しなければなりません。
「専任技術者」と「令3条の使用人」は、それぞれの支社や営業所に「常勤」として、配置しなければならないのですね。
おっしゃる通りです。
「専任技術者」と「令3条の使用人」は、それぞれの支店・支社・営業所に「常勤」として、配置しなければなりません。先ほどの例で言うと、仮に宮城県仙台市の仙台営業所に常勤できる「専任技術者」や「令3条の使用人」を配置することができなかった場合、仙台支社での建設業の営業活動を行うことができません。
会社の方針として、仙台支社を設置すること自体は、特に問題ありません。しかし、「専任技術者」もいなければ「令3条の使用人」もいない仙台支社で建設業の営業活動、たとえば、工事の契約や商談や見積書の作成などを行うことは、建設業法違反となってしまいます。
許可を持っていない営業所で営業活動はできないということですね。ところで、「経営業務管理責任者」は、本社・本店に常勤していればよいんですよね。
はい。
建設業許可業者において、経営業務管理責任者は1名のみです。経営業務管理責任者が、1つの会社に複数名いるということはありません。どんなに支店・支社・営業所が増えたとしても、経営業務管理責任者は、本社に常勤していることが求められます。
つまり、会社の組織体制としては
- 本社には、経営業務管理責任者と専任技術者
- 支社には、令3条の使用人と専任技術者
という体制が必要になってくるのです。
ちょっと、質問ですが、仮に「新宿本社・横浜支社」の大臣許可業者が、何らかの理由で「横浜支社」を維持できなくなった場合、建設業許可はどうなるのでしょうか?
とても良い質問ですね。
人員不足や高齢化などの理由により、支社・支店・営業所に「専任技術者」や「令3条の使用人」を配置できなくなることは、たしかにあります。また、業務の効率化や経営の見直しの観点から、支社・支店・営業所を統合するということは、よくあることです。いまのご質問のようなケースは、決して珍しくはないのです。
「新宿本社」「横浜支社」の大臣許可業者が、「横浜支社」を維持できなくなった場合、もしくは「横浜支社」を維持する必要がなくなった場合。2つの都道府県にまたがって存在してた営業所が、1つの都道府県内にのみ存在することになります。この場合には、大臣許可から知事許可への「許可換え新規申請」を行う必要があります。東京都庁の建設業課に「許可換え新規申請」を行い、あらたに許可番号が付与され、あらたに東京都から許可通知書が発行されるという流れになります。
そもそも、そういった事例はあるのでしょうか?実際にご経験があればでよいので、教えてください。
はい。
実は、先日、「新潟本店・東京支店の大臣許可業者」の建設業許可を「東京支店」に集約したいというご相談がありました。このご相談を受けて、弊所で実際に「東京都知事許可への許可換え新規申請」を行い、無事、東京都知事許可を取得することに成功しました。
この会社は、新潟に本店があるので、もともとは、北陸地方整備局管内の大臣許可業者でした。しかし、今後の経営の効率化を考え、建設業部門を切り離すための会社分割を見据えて、本店を新潟に残したまま、建設業部門だけ東京支店へ移行しようと考えていたのです。そこで、新潟に本店を残したまま、建設業許可だけを大臣許可から東京都知事許可に切り替えたという事例です。
その他にも、たとえば、「神奈川県から東京都へ本店を移転した際に、神奈川県知事許可から東京都知事許可への切り替えに成功した事例」や「福島県に本店がある会社の東京営業所で東京都知事許可を取得した事例」などもあります。詳細は、弊所のホームぺージに記載していますので、どういった方法で手続きを行ったのか気になる人は、ぜひ、該当のページを参考にしてもらいたいと思います。
ちなみに、私たちの事務所では、全国に30か所以上の営業所を展開している、比較的規模の大きい建設会社の「変更届」の作成や、「人員配置の管理サポート」も行っています。こういった会社では、営業所ごとに専任技術者や令3条の使用人の要件をきちんと管理する仕組みが必要ですし、届出のタイミングやルールも複雑になりがちです。
次回のインタビュー(※注)では、そうした「全国展開している建設会社が、どのように変更届や人員配置を効率的に管理しているのか」といった、もう一歩踏み込んだ実務的な内容についても、ぜひお話しできればと思っています。実際の現場でどう動いているのか、ご興味のある方はぜひ楽しみにしていてください。
(注)【専門家に聞く】全国30拠点以上の建設会社に学ぶ|令3条の使用人と専任技術者の管理・変更届の実務
全国30か所以上に営業所があるというのは、かなり規模の大きな会社ですね。ぜひ、次回、お話しを伺えればと思います。それでは、そろそろ時間ですので、最後に一言お願いいたします。
営業所の新設や移転は、一見すると単なる「住所変更」のように見えるかもしれません。しかし実際には、建設業許可に深く関わる「専任技術者」や「令3条の使用人」の配置、届出先の選定、手続きのタイミングなど、見落としが許されないポイントが数多くあります。実務においても、行政庁と慎重にやり取りを重ねながら進めた事例があるほど、判断には専門的な視点が必要とされます。
規模の大小にかかわらず、営業所の変更は「一度取得した建設業許可を維持する」という視点でとても重要なテーマです。万が一のミスで許可の失効や指導を受けることのないよう、今回の記事が、みなさんの手続きの道しるべとなれば幸いです。
ありがとうございました。